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昔、山野の池にはカッパが住んでいましたが、埋立てにより住家を奪われていきました。おこったカッパが水の便を悪くしたため火事が次々おきるようになりました。
村人たちはカッパに白門に移り住んでもらうようにお願いし、毎年、お供えとお祭をすることを約束しました。このお祭が秋分の日に行われる「山野の楽」と言われています。 |
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文永八年(1271年)に妙道が豊前(大分)の五百羅漢にならって若八幡神社に奉納したとされ、石造群背後の「伊勢」「高野」と呼ばれる二つの穴にも石造が納められています。 |
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万葉の歌人、山上憶良が筑前国の国司として太宰府に赴任したころ、地方視察の際、神亀五年(728年)に嘉麻郡の役所(現在の鴨生と考えられる)にて詠んだと言われる三首のうちの一首「銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」が刻まれており、その地(鴨生の役所跡)が見える稲築公園内に歌碑が建立されています。 |
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住所:福岡県嘉穂郡稲築町大字鴨生24-10
TEL:0948-20-5003
利用時間:10:00〜24:00
休館日:第2火曜日
使用料:一般300円、小学生150円、幼児無料 |
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四世紀から五世紀にかけての前方後円墳で筑豊地区最古のものと言われています。また、石室からは九州で初めて、三種類の石製腕飾りがセットで出土し、大和政権との結びつきが考えられています。 |
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地名発祥の地
神功皇后が応神天皇と共に宇美から都へお帰りになる途中、漆生でお休みになったという言い伝えがあります。その時に座られた稲一束を風景の勝れた山の頂上に七尺ばかりの穴堀り、ここに埋め、稲築と号し社殿を建立されました。この社殿が稲築八幡宮のおこりであり、稲築(いなつき)の名のおこりといわれます。 |
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三重塔(正平塔)、阿弥陀如来石仏(正平仏)には、南北朝時代の南朝の年号「正平八年」(1353年)が刻まれており、当時の平村の在地領主が戦勝を祈願して建立したものと言われています。 |
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稲築町の古代の歴史を語る「埋蔵文化財コーナー」、炭鉱の坑内作業等に使用されていた道具を展示する「炭鉱資料コーナー」、ふるさとの文化、生活習慣を知る「民族資料コーナー」があります。 |
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稲築町の3伝統芸能である「楽」「神楽」「獅子舞」の実際に使用されていた資料を展示公開し、さらにビデオコーナーを設置しています。 |
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